火事場の馬鹿知恵

 一昨日、会場に向かうのに家を出て、自転車を押しながらアパートの階段を降りた際、ガリガリという音と、振動を感じた。
下を見ると、履いていたエナメルの靴に、ペダルの跡がくっきりと付いている。靴を削ってしまった。
かなり気落ちしたが、このまま行くのも難だと思い、靴を履き替える事にした。
しかし、数少ない手持ちの靴で今日履いて行きたいと思うものがない。
私は弱い人間なので、ライブの日は出来るだけ憂鬱な事を減らさないと、演奏の失敗の言い訳に使ってしまいそうだと考え、何とかこの靴を履いて行けないか頭を巡らす。
家には靴用のメンテナンス品は一切ない。

うーん。

・・・・・・・!

私は家に戻り、化粧箱の上に置いておいた整髪剤のジェルをおもむろに手にとり、雑巾につける。
それを靴に塗ってみた。
整髪剤に入っているシリコンで、靴の傷がコーティングされるのでは?というアイディアが突如湧いたのである。
思惑通り、傷が目立たなくなった。人間、土壇場で発揮される力というのはやはりあるのだな、と妙な感心をし、ブログの題にもした「火事場の馬鹿知恵」とでも言うのかしら・・・と悦に浸りながら、自転車で駅に向かった。
電車に乗り、ホッと一息着きついて足元を見てみる。

そこには、傷がありありと見える靴があった。先程塗った整髪剤は揮発されてしまったのか。
この日の憂鬱が一つ増えたと共に、自分の得意げなアイディアが崩れ去った瞬間である。