2013.05.27

 5月は、私の周囲の人の誕生日が重なっている。
つい先程、誕生日おめでとう、と電話をかけた祖父は、85歳になったと言う。
昨日も、おめでとう、とまた違う人に電話をかけた。
誕生を祝福される人もいれば、死去を惜しまれる人もいる。

思い返すと、bloodthirsty butchersの吉村さんとの接点はそう多くなかった。
知らせを受けてからの数日は、四年前のことをよく思い出していた。

ちょうどドラムを探していた四年前、私は本間さんに小松さんを紹介して頂く話になっていた。
まだ小松さんに会ったことはなく、とりあえず連絡を取り合ってみようという頃、井の頭公園の横にあった、今はもう取り壊された伊勢屋に、本間さんと他の方数人で行った。

少し経ってから、吉村さんとひさ子さんと息子さんがいらっしゃる。お会いするのは初めて。
かねがね色々なお話を伺っていた吉村さん、大好きなNUMBER GIRLのひさ子さんが目の前にいることに、私はかなりうろたえ、ぎこちない態度だったように思う。
本間さんが、私がドラムを探していることを吉村さん達に話し、それで小松さんを紹介しようと思っているんですよ、と続けた。
すると吉村さんは、眉間に皺を寄せながらグラスを置き、「あいつはだめだ」とテーブルを見ながら言った。
私はいびつな笑顔を作りつつ震え上がり、トイレに立った。
男子便器で男性が用を足しているのを見ないようにし、その奥にある女子トイレの扉を開けた。
どういう意味のだめだ、なんだろうと思いながら、携帯を見ると、小松さんから初めての電話の着信が残っていた。
暑い8月のいつかの日だった。

結局、小松さんにドラムをやってもらうことになる。それから吉村さんの姿を目にする度、何だか気まずさを覚えていた。
どうとも思っていないかもしれないけれど、もしかしたら良くない感情をもたれているのではないだろうか、と小心者の私は気にしていたのである。
本当の所、どうだったのか。
伊勢屋でお会いした以降、ちゃんとお話する機会がなかったので分からずじまいだ。

長々書いてしまったが、少ししか関わりのなかった私が、知らせを受けてからずっと頭が麻痺しているので、皆さんが心配でならない。
小松さん、射守矢さん、ひさ子さん、その周りの方々。

神様ってやっぱりいないのだと思う。

手帳に新たな悲しい記念日が記入されてしまった。

録音

SOSITEの録音を9月にする事になりました!
きっと面白い事になると思います。ワクワクとプレッシャーで胸がいっぱいです。

本当はもう少し早い予定だったのですが・・・
今年中には聴いて頂けると思いますので、どうぞよろしくお願い致します!

偏見

 一昨日の通勤時、目の前を行くサラリーマンの手首に、パワーストーンで出来た数珠が、二つ巻かれているのを見かけた。

私も昔にそういった物を信じていた頃があった。
ライブ時、ジーパンのポケットに誕生石か水晶の原石を忍ばせたりしていた。
果たして効果はあったのか?

まじないめいた不思議な物は興味をそそられるが、近頃は昔より冷めた目で見るようになった。
あのサラリーマンの、色とりどりのパワーストーン一粒一粒には、どんな願いが込められているのだろう。

会社の大分年上の男性が、血液型による性格の違いを力説していた。
更に、あの人は何型だから仕事の相性が良いのだ、等と本気の様子で話しているのでびっくりした。

占いが好きだった学生時代、私も血液型占いを気にしていた。
しかし、血液型と性格の因果関係は明らかではない、という事が周知になっている今(だよね?)、あのように信じているのは何だか面白かった。しかも親ほどの年齢の人がである。
他にも盲信している男性がいたので、そういった物を男性でも信じるのだなぁと思う。

私も人との話のタネに、血液型の話題を出す事は今でもあるけど。

パワーストーンサラリーマンも、血液型占いを信じる人達も、何だか微笑ましいような気もするが、男性は、そういった物を信じるなんて馬鹿馬鹿しい、と鼻で笑っている位の方が好ましく思えるのは何故だろう。偏見?差別?

そう言う私の財布には、人からもらった、お金が貯まるというお守りがしっかり入っている。

携帯の受難

 携帯がどんどんボロボロになっていく。
手から滑り落ち床に落とすを幾度も重ね、細かな傷はつき、電池の蓋はしまらなくなり、先日は更に、駅のホームから線路に落下させる偉業を成し遂げる。
そんな携帯でも一応無事であったが、一昨日ジャックのカバーを不意にちぎってしまい、観念して修理に出さなければいけない模様。

無事であったと書いたけれど、思い出すと、以前フリーズや電源ボタンの不具合などが気になり、店に持っていったのだった。しかし、スマートフォンはショップでは修理出来なくて、様子をみるか、データを全部消して工場に修理に出すか、どちらかしかないと言われ、めげて帰った。
「携帯本体の不具合なのか、お客様が入れているアプリが原因(ここ強調)なのかここでは分からないので~」
との事。保障サービスのお金を毎月払っているのに、すぐ修理出来ないなんて・・・


 土曜日は水玉さがしを観た。
素晴らしいライブで、全てが調和していた。涙した部分が何度かある。
新曲もすごく良かった。最初は乗りながら観ていたけど、途中から立ち尽くしていた。


ただ、よしこさんが、良い死に土産になります、とMCでおっしゃっていたので、何だか心配になる。
早く体調良くなられますように。



よしこさんとお会いした時の恒例ツーショット!


この日は何だか、身体的にも精神的にも優れていない感じがあり、会場に行ってからもしばらくうーむ・・・となっていたら、perfectlifeから水玉さがしの流れで、すっかり元気になったのであった。
そういえば、前日に採血したのが関係あるのかもしれない、なんて思ったがどうだろう。
昨日も少し身体がだるい感じがあったし。

詳細に思い出すGW4

 前回は、横入りという至極些細な事について長々書いた事を、若干後悔している。
自分の人間の小ささを、メガホンで発表したような気分だ。
心は大きく、図体は小さくを目指します・・・!


5/5続き














どんどん小さくなる祠





うきは素敵、素敵よ・・・!この日は本当に日差しが強く、紫外線浴びまくり。
自分の携帯より、父のカメラで撮っている方が多かったので、良いショットはカメラの方ばかりかも(写真は全部携帯)。
うきはは観光地として町興しをしているのか、観光客の人が結構いて、飲食店はどこもいっぱい。
しようがないと、マックスバリュでご飯を調達した時は、食が楽しみのウェートの多くを占めている私にとっては、涙ちょちょぎれそうであった。
その後は、朝倉の三連水車へ。






ラッパースタイルの母の後姿。


三連水車は結構普通だった。
私の目当ては最後の写真の、地元の食べ物が売っている朝倉ファーム。もみ紫蘇が百円で売っていたのと、唐辛子も安く買えたのが嬉しかった。
その後は、途中夕飯の材料を買い、家に帰る。
17時半に叔父夫婦が来る。いとこのTちゃんは出かけていて来ないそうだ。
祖母の昔話を聞きながら食べて、飲んで、少し良い気分になってきた。

お酒っていやですね、気付いたらTちゃんに電話して「来ないの?今どこ?家?じゃあ来ればいいじゃん」と21時過ぎに強引に呼びつけてました。年下には強気の私である。
父母からは批判の嵐である。

気の優しいTちゃんは来てくれ、久しぶりの再会。変わっていなかった。
少し話をしていたら、Tちゃんが最近買った車の話題になり、乗せてくれる事に。
あんなに小さかったTちゃんが、自分の車に乗せてくれるなんて・・・・!と私はテンションMAXで助手席に乗り込む。
行き先で悩むTちゃんに、アイス食べたい!と言った私は、よく考えると財布を持っていなかった。



あんなに小さかったTちゃんにアイスを買ってもらうなんて・・・と、感動と申し訳なさと。
これからどうしようかと話していたら、近くのダムの方に行ってみる?という事になった。
この時は、好奇心と恐怖心なら好奇心の方が勝っていた。
途中、昔皆で行った公園に寄ってくれたが、何だか公園に不穏な空気を感じて降りなかった。
いよいよダムに向かう。
ダムに向かう道路の入り口に入ると、真っ暗。
え、灯りはないの!?と焦る私。
進んでも進んでも真っ暗闇。徐々に恐怖を感じる。



右下のオレンジは、車の中の何かの光が窓ガラスに反射しているだけだと思います(自分に言い聞かせている)。


Tちゃんには「真っ暗だね!」と明るく言う。怖いと言ったら、何だか駄目な気がした。
しかし、何度も振り返り後部座席を見る私。
道が開けて、三手に分かれた。一旦そこで止まる。
ヘッドライトに照らされ、浮かび上がったのは、大きなピエロが道案内をしている看板。ピエロの表情は、笑っていなく、それが逆に怖かった。
横の路地を見ればペンションの案内らしき看板が立っているが、その先は真っ暗闇で人がいる気配が全くしない。
もう無理・・・!チキンな私は静かに「戻ろうか」と言った。
Tちゃんも「戻ろう」と言って、Uターン。二人とも無言で元の道を引き返す。

入り口を出て、いやー何か怖かったね・・・!と私が言ったら、『あそこ、そういった噂があるんだよね・・・』

先に言って?

関東に戻ってから調べてみると、どうやら心霊スポットで有名な所みたいでした。
名前からしてここのダムはこわい。
そして、撮った写真の中で一枚、全く何も写っていない真っ暗なものがあったのは、間違ってシャッター押しちゃったんだよね?そうだよね・・・?


家に戻ったら母に、どこ行ってたの!と言われたけど、何となくぶらぶらしていたとしか言わなかった。
こわかったけど楽しかった。そして解散し、後片付けに疲労し、父が酔っ払って大の字で寝ている姿を激写し、夜中にやっと帰る準備を始める。三泊はあっという間だ。


5/6

帰る日である。皆が起きているのは音で分かったが、眠気が勝つ私。
とうとう呼ばれて、のそのそ起きる。
父は帰る前に色々家の事をしており急がしそうだ。私は食べるのがいつもの如く遅いので、急かされる。
バタバタと準備をし、合間に写真。



子どもの頃、毎年夏休みに来て、朝起きた際、昼寝の際、この景色をいつも見ていたよなぁと少ししんみり。

祖父母と握手をして、記念写真を撮る。
別れは寂しい。またね、と言ってタクシーに乗り込む。





空港に着いて、父母の搭乗時間が迫っていたため、すぐ搭乗口へ。遠のく父母の姿をずっと見送る。
私の時間はまだまだ先で、チェックインしたり、荷物を預けてからどうしようかと悩む。
とりあえず、お土産売り場でソフトクリームを食べる。空港でソフトクリームを食べたくなるのは何故?
その後お土産売り場をぶらつき、本屋に行っていたらあっという間に時間が過ぎており、結局焦って搭乗口へ向かう。
もうそれからはあっという間だった。感傷に浸る隙を与えず、脳は私を眠らせた。
狭い自宅に戻ると、一気に寂しさがこみ上げた。

とても楽しかったので、今でも引きずっている。





またね。

詳細に思い出すGW3

 5/5

 この日は、どこかに出かけようかという話になっていた。
祖母は体調が悪いので祖父と留守番。
朝、どこに行きたいか話し合っていると、母が飛行機の機内誌に載っていたカフェに行きたいとの事でそこへ向かう。

              


高速から見えるUFOチックな塔?







私は携帯でナビを見ていたので、全然写真が撮れなかったけれど、大好物な景色が広がる街が目的のうきは市だった。この写真は普通。






うきは駅と、その周辺の家。







 母の目当ての店に行ったら、大行列。断念して、系列の小さい店で抹茶アイスを買い外で食べた。
緑の中で、大きな黒アゲハやエメラルドのアゲハが舞っているのを眺める。
食べた後、アイスのお店で売っていた物をお土産にしようと、もう一度入った。先客が注文に時間がかかっているので、安心して存分に迷っていたら、待ちきれなくなった母が来た。
母に早く並ぶよう促され、先客の後ろでしばし待っていた。三畳広さしかない狭い店内。私達のすぐ後ろにある入り口から女性4人が入ってきて前に行き、レジの所に並んでいる商品を見ている。

先客の会計がやっと終わり、私がレジに進むと、店員が「お次のお客様は」と言い、私と女性達を交互に見る。
え?と思いながら、商品を出そうとしたら、その女性達が「えーと」と頼みだした。そのまま受ける店員。
私は一気に買う気が失せて帰りたかったが、隣には母がいる・・・
我慢してそのまま待って買ったが、しばらくイライラが収まらず、ついには福岡の女性の人間性に疑問を抱いたり、あの女性達に罰が下らないかと考えたりする始末。
一時は住みたいとまで思った福岡を嫌いになりたくないので、あの人達はどこか遠い遠い縁のない土地から来た人達なんだと思うと、幾分気が晴れた。

そもそも、最初に横入りされた段階で言っておけば良かったのに後の祭りである。

詳細に思い出すGW2

5/4


「起きなさい」との掛け声で、来た事を一瞬後悔する朝7時半。
この日は朝から家の掃除という事で、「君にはトイレをやってもらおうかな」と父から言葉を頂戴し、祖父母の手前、『え?(苦笑)』と濁しておいたが、心の中では大ブーイングである。

ホームセンターに掃除道具を買いに行く。何年か前にここに来た時は、マスキングテープにはまっていて、親に文句を言われながら一緒に買ってもらった記憶がある。

帰ってとりあえずハンディクイックルワイパーで高い所の埃を掃除する。
たくさん取れたのを嬉々として報告しにいく。
その後母と台所の掃除であった。父は他の合間にトイレをやっていたようだ。
動いていたらお腹が早々に減り、昼食を待ち遠しく思う。
13時頃、昼にありつく。何を食べたのだっけ・・・
その後もちょこちょこやっていたな。





夕飯の買出しに行くのに私も同行する。行く前に、塀に止まっている虫を何故か撮る私(上の写真)。
普段行かない、しかも住んでいない土地のスーパーに行くのはとても楽しい。
知らない調味料等を見ると嬉しくなる。醤油を買いたいと思っていたけれど、九州の醤油は甘味料が加えられているのばかりで手が出ず。
地ビールと書かれたポップがあったビールを、てっきり福岡のビールだと思い、渋い顔をされながらも買ってもらう。
飲む時に気付いたが、それは長野のものであった。残念だったがビールは美味しかった。
スーパーの前には、焼鳥の移動販売車があり、『焼鳥食べたいなぁ・・・』と呟くと、「晩飯終わってから行く?」と父が言ったので楽しみになった。

帰って父母は夕飯の準備をしていたと思う。私は春雨を戻した事と、出来上がったスープをよそった記憶しかない。
メニューはチャーハンに、野菜炒めに、餃子スープ(期限間近の大量の春雨入り)だったと思う。
この春雨のお陰でお腹が一杯だ。
しかし、焼鳥も捨てがたい・・・父にどうするか言って、一応お店を調べてみた。
が、出てこない。まぁ散歩がてら探しに行くか、と強引に母も誘って、外に出る。
夜にあまり外に出た事自体少なく、更に徒歩で歩く住宅街は面白い。
下ると、お店はあるものの、父もお腹一杯だと言うので、引き返して帰る。





        
公園から少し見えた夜景。


帰って、スーパーで見つけて買っておいたブラックモンブランを食べた。



テレビで見て以来ずっと食べてみたかったんだ。
クランチがざくざくしていて、アイスも濃厚で美味しかった。
でもこれってスペシャルって書いてる。普通のと違うのかもしれない。
九州以外は売っていないのかな?



以下、祖父母の家にあった物たち。







カラオケの機械に、物心ついた時にはかかっていた南国(?)カーテン。

詳細に思い出すGW1

5/3

 12時前の飛行機に乗るべく、家を9時半頃出る。
電車は混んでいたが、成田空港は思った程混んでいなかった。
前日にお土産も購入していたので、荷物を預けてすぐ搭乗口へ。
初めて乗るエアアジアは、椅子が今まで乗った飛行機で一番良くなかった気がする。
途中から体が痛くてしようがない。格安だものね・・・と言っても、ジェットスターより良くないような?
持ち込んだ物も飲食禁止だし、もう出来るだけ使いたくない。
途中何度か起きながらも、寝ている内に福岡に着く。
家族と落ち合い、外に出ると気温は17度との事。
体感はもっと暑く感じる。



カメラで飛行機を撮る人々を、車の窓から眺めながら、何も食べてなくてお腹がすいたと何度もぼやく。
途中出来あいの物を買って、祖父母宅へ。
皆でお茶を飲みながら、私は食事にありつく。

その後、私と祖母以外は買い物へ行ったのだったっけ。祖母とどんな話しをしたのだったかな。
元気だった祖母の友人が、急に入院し、わずか3日で亡くなったという話を何度も聞いた気がする。
これはいた数日ずっと聞かされていた。

その内他の人が戻ってきた。父が酒を買いに行くというので、私も付いていった。
その前に庭の花を撮りまくる。




真ん中に蜂。さつきには蜂がたくさん群がっており、羽音を間近で聞きながら撮る。




小さいのも可愛い。


酒屋に行って、自分も好きなのを選んでいいと言われたので、ここでしか飲めないもの・・・と探し回った末に選んだ日本酒は後で飲んだらあまり美味しくなかった。
帰りの車で、色々な所で花が綺麗に咲いているのを父と感想を言っていたような。
家に戻ってから、母を引き連れて散歩しに行く。




ハイビスカスのようなさつき。




綺麗だけど、雑草らしい。




近くの公園の裏は、昔は竹やぶだったけれど、今は開発されて周囲は新興住宅地。
夕方には薄気味悪かったのに、今は開けた空間で、良かったような、寂しいような。

家に戻ってご飯の用意。この日はしゃぶしゃぶで、肉が少ないのではないかと心配していた貪欲な私。しかし、最終的に余って、一人で平らげた。

この後が思い出せない。

昨日

前回の記事は、昨日書いたものだけれど、あの後喉の痛みと体のだるさに耐え切れず、病院に行った。
体温を測ると久しぶりの高熱で、そこから更に具合が悪くなったように感じる。

しかし、病院という場所はいるだけで、気分が落ち込んでくる。
仕事帰りの時間とあってか、混み合う待合室、人々の咳の合唱。
隣に座る女性の、スマホを操作する動きで揺れるベンチ。もう全てが気を滅入らせる。
一時間半待った後は、診察約2分。
一層ぐったりするのだが、市販薬を数日飲むよりは、どんな状態か分かるし、見合った薬も飲めるので、病院にはかかった方がいいと思う。


それにしても、今年に入ってから、月に一度は体調を崩しており、今までにない不調に驚いている。
考えたくないが、加齢による免疫力の低下?いや、それはちょっと早いだろう・・・(そう思いたい)。
何なのだろう。

 病院から戻って、お粥を作っている時に、祖母からもらった古い壷に入れてある梅干を取り出し、一個入れた。
酸っぱいけれど、梅干は風邪に効く、と言われているから、もう安泰な気になってくる。
こういう時に、作っておいて良かったと思える。


 さてこんな状態で不安も覚えますが、12日はソロライブです。
今日は帰ってゆっくり休まなきゃ。早く治れ。


5/12(sun) at BUSHBASH  "notie"


Leclipse Nue
VoGoS
モグラが地面から飛び出した
TINY VISION
ZAZO
かくらかる
in the sun



open17:30/start18:00 adv1200yen day1500yen(+1drink order)

乗りかかった梅

 先程、福岡の事を振り返ろうと文字を打っていたけど、面倒な気分になりやめた。
どうやら風邪をひいたようだ。こいつまたかよ・・・と思われそうなので周りの人には言わないでおこう。
昨日、いきなりスタジオで歌いっぱなしで喉を痛めたか、もしくは朝起きたらお腹丸出しなのが何日か続いたからか。
何だか熱っぽい。微熱は、体がウィルスと戦っている証拠らしい。
体よ、そんな奴ら早くやっつけておしまい・・・!

なもので、ただでさえ少ない気力が、余計減っているようだ。


 一昨年、昨年、とやってみた梅干作り。
私は梅干が特に好きではない。というか、酸味を好まないのでむしろ苦手と言える。
なのに何故?
それは私の、知らない味を知ってみたい、という貪欲な食欲が全てだと思う。
昔ながらの、梅、塩、紫蘇だけで作った梅干は美味しいと色々な所に書いてある。
が、そういったものは高い。
じゃあ作った方が安いじゃん!という貧乏根性が働いたのだ、確か(結局それで、梅干を買う以上の金がかかる事は頭にない)。

作ってみて、

「すっぱ!!!しょっぱ!!!」

これが分かって、満足した私の梅干消費量は中々上がらない。
だって元々好きではないから・・・。
なのに今年も、どこの梅で作ろうか考えている。
梅干は意外と作るのが難しくなく、梅が変わっていく様も見ていて楽しかった。

何だかまた作ろうと思わされる魅力がある。

が、消費がねぇ・・・

とりあえず、昔ながらの塩の量(梅の重さの18%程)で作るとかなりしょっぱい。
1個だと、お弁当に入れると余す。
しかし、ここから塩分を減らすと、カビの危険が出てくる。

では小梅は?と思う。しかし、他に目をつけていた種類もあるしで頭を悩ませている。

こんな事を打っている内に、体調がもっと悪くなってきた。


そう、あと、梅干の迷信があるから何だかやめられないっていうのもある。

http://www.pickled-ume.com/info/qa_9.html

http://komachi.yomiuri.co.jp/t/2005/0616/044311.htm?o=0

私は昨年作った時、塩漬けしている段階で梅酢にカビを浮かせてしまった。
でもこれは出来てからの梅干を黴させたらという話だよね・・・?と自分に言い聞かせている。
三年続けるという話は何なのだろう。とりあえず今年も作るけど。そしたら一応三年になる。
乗りかかった船、というか梅。

キーホルダー

 自宅に入る際、鍵・・・と鞄の中をまさぐる。
あったあったと、鍵と鍵に付けているキーホルダーを見て思った。

「あ、キーホルダーってkey holderだから鍵に付けるのか!」


同じような事として、今朝自転車をこぎながら、私の数メートル先で道路を横切る三毛猫を見て思う。

「あ、三毛猫って毛の色が3種類だから三毛猫なのかぁ」


キーホルダーって、土産とかの飾りの総称みたいに思っていましたが、鍵を束ねるものなのですね。
三毛猫も、毛の色が混じっているものの総称かと思っていたけど、ちゃんと三つの毛だったのですね。

いい歳して、こいつは何を・・・と言われそうだけど、一つの名前(?)として覚えて、本来の意味をよく考えてなかったよ、ハハ・・・。
「キーホルダー」
「ミケ猫」

他にもこんな言葉がたくさんありそうだ。

 GWですっかり緩んだ気と頭を叩き直すかの如く、電車の運転見合わせで昨日は朝から気を揉んだ。
会社の駅に着いてから、重い体を引きずるように走る。
息を切らせて走った甲斐あって、ぎりぎり始業時刻に間に合った。
ラッキーなのかアンラッキーなのか血の気が引いた頭で考えている内に、午前が過ぎていったように思う。

さて、日曜日は久しぶりのソロで、焦って練習をしなくてはならないと思うのだけど・・・
家でやればいいと思っていても、帰るとつい違う事をしてしまうので、やっぱりスタジオに入らないとだめかも。
後で予約しよう。

GWは半年振りに福岡の祖父母の所に行ってきた。
その写真を上げながら振り返ろうと思って、picasaに写真をアップロードしたら、大量にあったからか時間がかかった上でエラー。
気持ちが削がれてしまった。うーん。

大人数でいた後、急に一人になったので帰った日はかなり寂しかった。
襖越しに聞こえていた、祖父母の寝息が少し恋しくなりながら寝る。