こんにちは

 ゴールデンウィークは、父と福岡の祖父母の家に行った。
着いた日の翌朝、のんびり起きて居間に向かうと、祖父母や父が話し込んでいる。
つい先ほど、祖母の兄が末期の癌で入院し、もうそう長くはないとの連絡が、他の兄弟からあったそうだ。
用意をして、皆で病院へ向かう。
私は祖母の兄と面識があった記憶がない。
そんな私がのこのこ付いて行っていいのかという気持ちもあったが、祖母が延々繰り返す祖母の兄の思い出話を聞いている内に病院に着く。
病院特有の物物しい雰囲気に圧倒されながら辿り着いた病室には、それは小さくなったおじいさんが点滴をしながら横たわっている。
祖父母がベッドに歩み寄るのを後ろで見ていた。
起き上がることが出来ない祖母の兄は、喋るのもままならない。
祖父母が懸命に言葉をかける。
「まだ頑張らなきゃ」と祖母が言うと、
『もういい、十分生きた』と返事が来る。
祖母が、「あんたはいつだって可哀想な人だった」と何度も言う。
その度に、『全てに感謝感謝』と返ってきていた。

今ここに、命を終えようとしている人がいる。
祖母がその人の顔を撫でながら涙を流している。
私は人生で初めて出くわした場面に、涙を堪え部屋の隅で立ち尽くしていた。



祖母は普段から同じ話を繰り返す。
この日も例外ではなかった。
昔から色々な病気を患ってきた祖母の兄に言う。

「あんたさんは病気のデパートのことあるばい」

車の中でも言ってたけど本人にも言ってる・・・

「あんたさんは病気の宝箱のことあるばい」

祖母ったらまた・・・

「あんたさんは病気の問屋のことあるばい」

?!

祖母の自在な言葉の引出しに、私はみぞおちにパンチされたような感覚に陥り、今はだめだ今はだめだそんな時じゃない!!!!
必死に唱える私の理性を押しのけ、
「ッフ・・・・・!」私の肉体は本能に走ってしまった。

しかし、誰にも聞こえていなかったようだ。良かった。本当に。


そんな祖母の兄、会ったことがないような私の名前を憶えていたらしく、名前を呼んでくれた。
嬉しかった。
こんにちは、としか私は言えなかった。


この数日後に亡くなったとのこと。
安らかな死に顔だったという。


死は誰にでもあるけど、もう十分生きたと思って死ねるなんて幸せなことなのだろうな。
祖母は兄を、苦労ばかりした人、可哀想な人とずっと言っていたけど、それは他人が決めることではないと偉そうに思ってしまった。
ここ数日、祖母の兄と、若くして亡くなった方達の顔をよく頭に浮かべている。

この前まで確かに存在していたのに、もういないのだなぁ。
何度考えても、不思議でしょうがない。